「棚幡」を「七夕」と書いて「たなばた」と呼ぶようになった!

7月は夏祭りが盛んになる時期ですね。

700年以上の歴史を持つ博多祇園山笠、京都の祇園祭、大阪の天神祭など本当に沢山の夏祭りが行われます。

でも全国的に有名な7月の行事といえば七夕でしょうね。7月7日は節供、節日の一つで五節句の一つにも数えられています。

ご存知の方が多いと思いますが、七夕は機織の上手な織姫と働き者の夏彦星(牽牛)が結婚をしたのですが、2人は結婚後仕事をしなくなって、神様が1年に1だけしか会わせないようにしたのです。その1年に1回だけの日が7月7日なのです。

七夕は中国から奈良時代に伝わったものです。お盆の行事として行われていた、精霊棚とその幡を安置するのが7月7日の夕方であったために、「棚幡」を「七夕」と書いて「たなばた」と呼ぶようになったともいわれています。

七夕の笹に願い事を書いて飾る習慣は江戸時代から始まったようです。特に願い事を書くときにイモの葉の露で墨をすって字を書くと習字が上達すると言われています。

旧暦で七夕祭りを行う地域も多いですが、新暦で七夕祭りを行う有名な地域としては、神奈川県平塚市、静岡県静岡市、富山県高岡市、富山県入善町、大阪府交野市、徳島県徳島市などがあります。

父の日にプレゼントして欲しい商品ランキング

6月の行事としては父の日がありますが、母の日ほど大切にはされていないような気がしますね。

6月の第3日曜日が父の日ですが、これは1909年にアメリカで男手一つで6人の子供を育ててた父親のために祈って欲しいと牧師さんにお願いしたことが始まりと言われています。

実際にアメリカで認知されるようになったのは、1916年にアメリカ大統領が、母の日がすでに定着していたので、「母の日のように乳にも感謝をする日」をと演説したことで広まりました。1972年になってアメリカの記念日になっています。

父の日は世界中に広まっていますが、その日は国によってバラバラです。台湾ではパパにちなんで8月8日です。ロシアでは2月3日、韓国では5月8日、オーストラリアでは9月の第1日曜日です。

6月の第3日曜日に父の日となっているのは、日本やアメリカをはじめ中国、イギリス、カナダ、フランスなど一番多いですね。

父の日のプレゼン・ランキングとしては(yahooショッピング 2010)焼酎、カニ、和菓子、酒器、日本酒の順番になっています。

父親が貰いたいプレゼントのランキングとしては、ネクタイ、お酒、トレーニングシューズ・ウォーキングシューズ、トレーニングウェア、洋服、靴、ハンカチ、靴下、デジカメ、自転車となっています。

全国から神様が集まって縁結びについて話し合う出雲大社

10月は神無月(かんなづき)と一般的に呼ばれています。これは日本中の八百万の神様が島根県出雲大社に集まって1年のことや縁結びのことについて話し合うために、出雲大社以外には神様がいなくなってしまうという伝説から生まれた言葉です。

全国から集まった神々はどの程度出雲に滞在するかといいますと、天神様は意外と早く帰るようです。次が釜神で、越年するまでいる神様としては山の神、田の神、亥の子神、釜神などで、地元の事情などで滞在期間が違っているようです。

出雲地方や島根県では10月のことを神在月(かみありつき)と呼びます。

ところが出雲に出向かない留守神という神様もいるのですね。全部ではないでしょうが、エビス、釜神、金毘羅そして亥の子は10月になっても出雲に出向くことなく地元を見守っています。

出雲大社には因幡の白兎で有名な大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)が祭られています。通称は大国様で縁結びの神様でもあります。縁結びの神様ですから、結婚だけでなく、仕事でも素晴らしい人間関係を作ることが出来るといわれています。

なぜ大国様が縁結びの神様になったかと言いますと、神話の中に際立って多くの記述がなされているからです。

現在の出雲大社は高さが24mですが、創建時には48mであったのではないかと言われています。巨大な建築物だったわけです。

子供の日は子供の成長を願うと同時に、母親に感謝をする日なのですよ!

5月はなんといっても端午の節句が日本を代表する行事ででしょうね。

5月5日は国民の休日となっていて、国民全体でお祝いをしようということになっています。

端午の節句は中国から入ってきたもので、中国では紀元前3世紀に始まったとされています。菖蒲の入った風呂に入って邪気を払う習慣があり、中国では菖蒲の節句と呼ばれています。

これは、田植えを行う時期と重なっていて豊作を願う農民が、身を清めて田に入る風習がそのまま子供にも当てはめたようです。

日本では奈良時代になってから菖蒲が尚武と同じ読み方でるために、男の子の健康な成長と立身出世をを願い、鎧(よろい)、兜(かぶと)刀、弓、武者人形やこいのぼり・吹流しを飾るようになったのです。

5月5日が祝日で、3月3日が祝日ではないことが男女を差別しているのではないかという議論が国会でも行われましたが、結局は「こどもの日」は決して端午の節句ではなく、男女の別なく祝う日として決着しました。

もうひとつ付け加えておきたいことは、子供の日は「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する」ことが主旨とされていますので、子供だけでなく母親に感謝することを行事に入れても決して悪くはないでしょうね。

参勤交代が発展して小学校の入学式が4月になった!

4月は新しい年度として行政が動きますよね。教育関係では学校が新学期になり、小学1年生が入学式を迎える月になります。

小学生だけでなく、中学・高校・大学も新学期になり、民間でも人事の異動が行われる時期であります。

この4月から新しく始まる行事というのは江戸時代の参勤交代から始まったと言われています。参勤交代が妻子を江戸に残して諸大名が定期的に領地と江戸を往復するようになったのは3代将軍徳川家光が武家諸法度を改定した1635年(寛永5年)のことです。

この参勤交代が4月になった理由は、雪が溶けて雨も少ない時期だからというのが通説になっています。

そして明治政府になってからも、この制度を取り入れたために、行政機関のスタートが4月1日になったといわれています。

世界中を見渡しても年度で物事がスタートしているのは非常に少ないですし、国全体が年度で活動しているのは日本だけではないでしょうか。

アメリカには会計年度というのがあって10月から翌年の9月で、学校ではアメリカや中国が9月の開始になっていますね。韓国では3月の開始です。

日本の年度という考え方は世界的には非常に少ないですが、教育が国際的に広がりを見せるようになってくるといつかは考え直す必要が出てくるかもしれません。

実際に慶応大学・早稲田大学や関西学院大学などでは9月入学制度をとっているところもあります。

ひな祭りが終わったら早く片付けないと結婚が遅れる理由とは!

3月の代表的な日本の伝統行事といえば、ひな祭りでしょうね。

女の子の成長を願って行われる3月3日のひな祭りですが、起源は平安時代にまで遡るといわれていますから、本当に日本に定着してる行事でしょうね。

最初はひな人形での女の子の遊びであったようですが、平安時代から貴族の間で「災厄除け」や「守り雛」の意味を込めて「流し雛」が行われるようになったようです。

その後江戸時代になって庶民もひな祭りを祝うようになったようです。

雛人形の飾り方には決まりはないですが、天皇と皇后が並んだときに向かって左側に天皇がいる場合が多いので、男雛を向かって左に置くのが一般的のようです。

京都や近畿の一部では伝統なのでしょうか、男雛を右側に置いていますね。この違いは「古式」と「現代式」の違いと呼ばれています。

変わり雛としては、長野県須坂市では「吊るし雛」が、岩手県奥州市では「くくり雛」が、千葉県勝浦市・長野県須坂市や徳島県勝浦町などでは巨大なひな壇に無数の雛人形を飾る「ビッグひな祭り」などが行われています。

ひな人形はひな祭りが終わったら早く片付けないと結婚が遅れるという俗説が言われています。これは、人形や絹製の細工物に虫食いやカビが発生するという意味や、躾のために言われているようで、非常に分かりやすい俗説ではないでしょうか。

「鬼は外」は言わずに、「福は内」だけを言っていう成田山新勝寺

お父さんが鬼の役になることが多いのではないでしょうか。

2月3日は節分です。本来節分とはそれぞれの季節の始まりを意味するもので、立春、立夏、立秋そして立冬の前日のことを言います。

現代で節分といえば2月3日を指すようになっていますね。柊(ひいらぎ)の枝に鰯(いわし)の頭を指したものを玄関の外に飾っておくと鬼というのか悪霊が家の中に入ってこないと信じられていたのですね。

鬼というのか悪霊に豆をぶつけることによって、無病息災を願う風習です。豆まきは室町時代から行われていたことが書物に書き残されています。

最近は節分の日に恵方巻を食べる習慣が行われてきていますが、江戸時代末期から明治時代にかけて大阪の商売人が繁盛を願って始まったと伝えられています。当時の恵方巻は新香巻だったようです。

節分の行事として有名なのは千葉県成田市の成田山新勝寺ではないでしょうか。大相撲の力士や芸能人が毎年豆まきを行っています。成田山新勝寺では不動明王の前には鬼はいないということから「鬼は外」は言わずに、「福は内」だけを言っています。

小さな子供さんのいる家庭では、それほど多くの費用が必要でもなく、簡単に出来るものですよね。家族団らんや思い出作りの一環として、家庭の年中行事として毎年行って欲しいものですね。

1年間を無病息災に過ごすことが出来る御節(おせち)料理

1年の一番最初に食べるご馳走が御節料理(おせちりょうり)ですよね。

最近はお正月からファミリーレストランで食事というような家庭も増えてきているのではないでしょうか。しかし、日本の伝統文化としては簡素でも良いから御節料理を食べて欲しいものです。

御節料理の代表的なものとして

豊作を願って田畑の高級肥料として使われていたごまめ(片口イワシの稚魚)。
子孫繁栄を願った数の子
まめに働き、まめに暮らせるようにと願った黒豆。
豊作のときに飛んでくると言われる黒い瑞兆に形状が似ている牛蒡(ごぼう)。
祝儀用としてめでたい紅白のかまぼこ。
知識が増えることを願い見た目も豪華な伊達巻。
金塊のように見える栗きんとん。
喜ぶの語呂合わせから昆布巻き。
福が多からんことを祈願したお多福豆。
お祝いの水引をかたどった紅白なます。
先を見通すことが出来るレンコンの酢の物。
出世を祈願して出世魚の鰤(ぶり)の焼き物。
長寿を連想させる海老の焼き物。
鰻登り(ウナギ登り)から出世を連想させる鰻の焼き物。
めでたいの語呂合わせから鯛(たい)の焼き物。
子芋が沢山つくことから子宝を願って里芋。
大きな芽が出ることから出世を祈願してくわい。
福が溜まることを願ってトコブシ。

まだまだsるでしょうが、これらの料理を薬酒である屠蘇と一緒に食べると健康で恵まれた1年になるされています。

ぜひ、少種少量で結構ですから、日本の伝統料理を1年に1回は食べていただきたいものです。

大晦日の除夜の鐘はどうして108回なのでしょうか?

12月には1年最後の行事として大晦日があります。

大晦日には別名として「大つごもり」があり、これは1月から12月までの「月隠り(つごもり)」が転じたものです。

年越し蕎麦を食べますが、これは「細く長く達者に暮らせること」を願ったり、蕎麦が切れやすいことから「1年間の苦労を切り捨てて、翌年に持ち越さない」という願いを込めたようです。

実際に12月31日に借金取りから逃れると、翌年のお盆まで借金の返済をしなくても済んだケースもあったようで、「盆暮れの勘定」という風習があった時代には事実だったようです。

年越し蕎麦を福島県では元旦に、新潟県では1月14日(小正月の前日)に食べる風習も残っているようです。

大晦日といえば除夜の鐘ですが、108の煩悩を消してくれるというありがたいものです。午前0時の前後に108回梵鐘突きますが、107回を旧年に、最後の1回を突くという風習が多いようですね。

山梨県富士吉田市の大石寺では年明けと同時に1回目を突いています。

いづれにしても108回突く意味は、人間の煩悩数が108個というのは通説です。
別の説としては、1年の月数12、二十四節気数と七十二候を合計して108という説や、四苦八苦から4×9+8×9=108という説もあります。

子供の成長を願って祝う七五三はなぜ11月15日なの?

11月の行事としては七五三があります。11月15日に3歳と5歳の男の子、3歳と7歳の女の子のお祝いの日ですね。

七五三は1681年に館林城主、徳川徳松の健康を祈って始まったとされる説が有力です。

伝統行事である七五三は数え年で行っていましたが、最近では満年齢で行うケースが多くなっています。

11月15日お祝いをするかと言えば、3と5と7を足した合計が15だかと言う人もいるようです。
15日は鬼が出歩かない日として吉日であり、11月は収穫の実りを神々に感謝する月であったことから、子供の成長も同時に祝うようになったようです。奇数は中国思想では縁起の良い数字だということも重なったようです。

3歳、5歳、7歳を祝うのかは、3歳で髪を伸ばし、5歳で袴を着用し、7歳で大人の装いをするという風習の名残のようです。
また、3歳で言葉を話しはじめ、5歳で知恵がついて、7歳で大人の歯を神から授かることに感謝するという伝えのある地方もあります。

男の子が2回目のお祝いを早くするのかと言えば、乳児の生存率が非常に低かった時代背景があったのではないでしょうか。
跡継ぎとして出来るだけ早く一人前になって欲しいと言う親や回りの人たちの気持ちが込められて女の子よりも早くなっているようです。

×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。