シンプルな調理方法ですが一番美味しい 青森県のいちご煮

日本の伝統文化には料理に凝縮されている場合が多くあります。青森県の郷土料理であるいちご煮もそうですね。なぜなら、地産地消である場合が多く、生活が見えてくるような気がするからです。

いちど煮という名前を聞くと、いちごで作ったジャムを思い起こしてしまいました。でも、果実のいちごとは直接関係ありません。

いちご煮とは三陸海岸周辺の伝統的な料理で、ウニ(キタムラサキウニ、エゾバフンウニなど)とアワビ(ツブ貝等で代用されることもある)の吸物である。赤みが強いウニの卵巣の塊が、野イチゴの果実のように見えることからこの名が付いた。

湯または出汁でウニとアワビの薄切りを煮立て、塩とわずかな醤油だけで味付けをしただけのシンプルな料理である。

食材としてウニやアワビを使っていて非常に豪華ですが、調理方法としては非常にシンプルですよね。このような調理方法が一番美味しい食べ方だったのでしょうね。

いちご煮は、2007年農林水産省の主催で選定された農山漁村の郷土料理百選において、せんべい汁と共に青森県を代表する郷土料理として選出されています。

青森県の代表的な郷土料理が2つとも汁ものであるのが面白いですね。寒いときに汁を頂くときっと身も心も温まることが出来るでしょうね。

神様や死者の意志を伝える 国指定選択無形文化財 イタコ

日本の伝統文化の一つに青森県むつ市にはイタコという神の声を伝えたり、死者の意志を伝達する人がいます。青森県の「津軽のイタコの習俗」や秋田県の「羽後のイタコの習俗」などは、国指定選択無形文化財となっている。

イタコは生まれながらにして盲目や弱視の女の子が、師匠に弟子入りして霊的な能力を高めてから独立しています。現在では厳しい修行を必要とするイタコになろうという人は少なく、現役のイタコのほとんどは高齢者です。

イタコは「仏降ろし」とか「口寄せ」とよばれる死者の意志を伝達することが有名ですが、「神降ろし」とよばれる神様の言葉や意志を語るものもあります。

「神降ろし」は占いや予言に近いものになりますが、相談事の吉兆、善悪から始まって安全祈願や病気回復という悩みを解決してくれます。

「仏降ろし」、「口寄せ」は「神降ろし」が当たるとか当たらないということよりも、相談者の悩みや悲しみを軽減してくれる癒しの役割を果たしていることは間違いないようです。

イタコは恐山の大祭(7月20日から24日)と秋詣り(毎年10月の体育の日が最終日となる3日間)の年2回は境内にいまして、順番待ちで相談にのってくれます。料金は決まっていませんが、「志(こころざし」として1件に対して3000円が相場のようです。

日本三大霊山の一つ 死者への供養の場 恐山

日本の伝統文化です。青森県むつ市には恐山という霊山があり、日本三大霊山(恐山、高野山、比叡山)、日本三大霊場(恐山、白山、立山)、日本三大霊地(恐山、立山、川原毛)の一つです。日本のパワースポットにも数えられています。

恐山の開山は貞観4年(862年)で、開祖は天台宗を開いた最澄の弟子である慈覚大師円仁です。

円仁が唐に留学中、 夢で「汝、国に帰り、東方行程30余日の所に至れば霊山あり。 地蔵尊一体を刻しその地に仏道を広めよ」という御告をうけた。 円仁はすぐに帰国し、夢で告げられた霊山を探し歩いた。苦労の末、 恐山にたどり着いたといわれる。

その中に地獄をあらわすものが108つあり、全て夢と符合するので、円仁は6尺3寸の地蔵尊を彫り、 本尊として安置したとされている。

地蔵信仰を背景にした死者への供養の場として知られる。下北地方では「人は死ねば(魂は)お山(恐山)さ行ぐ」と言い伝えられている。

恐山大祭や恐山秋詣りには、イタコマチ(イタコがテントを張って軒を連ねている場所)に多くの人が並び、イタコの口寄せを聞く。

むつ市街より恐山に至る恐山街道(青森県道4号)には途中、整備された湧き水冷水(ひやみず)があり旅人の喉を潤している。この湧き水を1杯飲めば10年、2杯飲めば20年、3杯飲めば死ぬまで若返ると言われている。

200年余りの歴史を持つ青森県南部地方のせんべい汁

日本の伝統文化 青森編です。青森県八戸市周辺には料理専用の南部煎餅を使った、醤油味で煮立てたせんべい汁と呼ばれる汁物や鍋料理が郷土料理としてあります。

お菓子として食べる煎餅ではなく、せんべい汁の具にすることを前提として焼き上げた煎餅で「かやき煎餅(おつゆ煎餅・鍋用煎餅)」と呼ばれています。これを手で割って、醤油ベースの鶏や豚の出汁でごぼう、きのこ、ねぎ等の具と一緒に煮ます。

出汁を吸った煎餅は、すいとんの歯ごたえを強くした食感があり、もともとすいとんの食文化が盛んであった青森県南部地方で、すいとんの代わりに保存のきく煎餅を用いたと考えられています。

すいとん(水団)は、小麦粉の生地を手で千切ったり、手で丸めたりして小さな塊にして、汁で煮込んだ料理です。戦争中や戦後に多くの人が食べた「すいとん」と名前は一緒ですが全く別の料理です。

せんべい汁を提供している飲食店は、八戸市内135軒、八戸を除く青森県内12軒、岩手県二戸市内2軒、宮城県仙台市内1軒、東京都内7軒、神奈川県川崎市内1軒となっています。

せんべい汁の歴史としては、江戸時代(幕末)の天保の大飢饉のころに八戸藩で生まれたとされています。その後200年余りにわたって南部地方で食べられています。

2007年(平成19年)には、農林水産省主催農山漁村の郷土料理百選(郷土料理100選)に青森県の郷土料理としていちご煮と共に選ばれています。

ガンガン寺という名前で親しまれている函館ハリストス正教会

日本の伝統文化とはいえないかもしれませんが、国の重要文化財になっているものが、北海道函館市元町にあります。函館ハリストス正教会の建物です。(ハリストスとはキリストのことです。)

1859年(安政5年)にロシア教会の建物として建てられたもので、日本正教会の中で最古の教会の一つです。
現在は日本正教会の中心は東京神田の1891年に完成したニコライ堂に移されていますが、1872年(明治5年)までは正教会の中心でした。ニコライ堂は1923年の関東大震災によって倒壊し再建されています。

1907年(明治40年)の函館市大火によって喪失しますが、1916年(大正5年)に再建されています。建築様式はビザンティン建築やロシア建築の影響を受けていて、煉瓦造りの一部3階建ての平屋で、外壁は白漆喰を塗った優雅な建物です。教会の裏手で海をバックに絵になる写真を撮ることができます。

この函館ハリストス正教会はガンガン寺という名前で親しまれています。最初に聖堂ができたときに5個の鐘を使って楽器のようにならしたことから付けられた名前です。

1983年に、大正時代の建造物としては全国で2番目に国の重要文化財にしていされています。1988年、復活聖堂は3年余の大修復工事によって、当初の姿に復元されています。

アイヌが狩猟の際に利用していた 100年以上の歴史を持つ温根湯温泉

北海道の伝統文化を考えるときに温泉を無視はできませんでしょうね。北海道には100ケ所以上の温泉があるとも言われています。

そんな数多くの温泉の中に、北海道が蝦夷地と呼ばれていた時代からアイヌが狩猟の際に利用していた温根湯温泉があります。北海道北見市にある温根湯温泉はアイヌ語の「オンネ」(大きな)・「ユ」(お湯)に由来しています。

1899年(明治32年)に本州から入植した人によって数軒の温泉旅館が作られたのが始まりです。1957年(昭和32年)に、国道39号線が石北峠を経由する「大雪国道」として開通してからは、層雲峡と網走国定公園-知床半島-阿寒国立公園を結ぶ道東観光のゴールデンルートとして観光客も多数訪れるようになっています。

観光産業の低迷と過疎化の影響で昔のような賑わいはありませんが美白の湯として宣伝を行っています。5月上旬にはエゾムラサキツツジ、初秋にはヒマワリなどが咲き、多くの観光客が訪れる花の名所が温泉地の近くにある。

イベントとしては、5月上旬に温根湯温泉つつじまつり、8月の第1土曜日と翌日曜日の2日間に温根湯温泉まつりが行われています。

温泉の泉質は単純硫黄泉で、関節痛、筋肉痛、リウマチ・神経病に効能があるとされています。終戦までは傷病兵の療養地として指定されていました。

味噌とバターがからまって美味しくなる ちゃんちゃん焼き

北海道にはちゃんちゃん焼きという、名前を聞いただけではどのような食べ物であるか理解できない有名なものがあります。

北海道の伝統文化を考えるときにこのちゃんちゃん焼きは大きなヒントになるのではないでしょうか。大きな器量と豪快さがありますよ!

ちゃんちゃん焼きとは鮭などの魚と野菜を鉄板で焼いただけの非常に素朴な料理です。でも、このちゃんちゃん焼きは2007年農林水産省の農山漁村の郷土料理100選にジンギスカンや石狩鍋とともに選ばれているのですから、かなりなものです。

ちゃんちゃん焼きのネーミングですが、「お父ちゃんが作るから」「ちゃちゃ(=素早く)作るから」「鮭を焼くときに鉄板がちゃんちゃんと音を出すから」、「仕事中の漁師が親方の目を盗み、浜でスコップを使い鮭を焼いて食べたときにちゃんちゃんこで身を隠していたから」、「焚き火を起こすときの火打石の音から」、「できあがるのが待ちきれなくて、おはしで食器などを叩いた音がチャンチャン!と鳴っていたことから)」などがあって、全くちゃんちゃん焼きの由来が見えてきません。

それでも通用し、全国的にも郷土料理として認められるのですから、北海道の器量の大きさを伺うことが出来るような気がします。

ところで、作り方ですが

バーベーキューのような大きな鉄板を用意して、バターを敷きます。その上に野菜を乗せます。このときに鮭が置けるように中央部は空けておきます。

鮭を皮が下になるようにして中央部に置きます。白味噌を酒で溶き、みりん、または砂糖を少量混ぜたものを、鮭の身に塗るか、鉄板の周りに流してから、アルミホイル等をかぶせて蒸し焼きにする。
火が通ったら鮭の身を大きめにほぐし、野菜と混ぜ合わせる。 このようにして作った料理を、鉄板から直接取って食べます。

味噌とバターの味がからまってコクのあるジューシーさがたまらないそうです。北寄貝、ホタテやするめいかを一緒に焼くとさらに美味しくなりますよ。

最近はどんどん豪華になっている!漁師の料理であった石狩鍋

日本の伝統文化には当然料理も入りますが、北海道といえばイクラ、カニ、ウニ、鮭などの魚介類の宝庫で、これらを使った料理は本当に多いですね。

そんな中に、石狩鍋があります。鮭を使った鍋料理で、塩引きをしていない鮭をつかった味噌仕立ての鍋料理です。

ウロコを取り除いた鮭をぶつ切りや粗(あら)を、豆腐・たまねぎ・こんにゃく・キャベツ・大根・シイタケ・にんじん・長ネギなどの野菜を、コンブで出汁をとった味噌仕立ての汁で煮込みます。寒い冬には最適でしょうね。

汁には酒かすを入れたり、バターや牛乳を隠し味に使う場合もあるとのことで、いかにも北海道という気分になってきますね。最後に山椒の実か粉を入れます。

石狩川周辺の地元の漁師が賄い料理として食べていた味噌汁に鮭のぶつ切りや粗を入れて、石狩鍋として売り出したのが、1880年(明治13年)創業の割烹「金大亭」と言われています。

最近の石狩鍋は次第に豪華になってきて、鮭以外にエビ・ホタテ・鶏ごぼうつみれ・バーナ貝などを一緒にしたものまであります。

石狩鍋はジンギスカンやちゃんちゃん焼きとともに、北海道を代表する郷土料理として2007年農林水産省の農山漁村の郷土料理100選に選ばれています。

羊毛の自給から始まった北海道の郷土料理 ジンギスカン

日本の伝統文化として、北海道の郷土料理を思い起こしたときに、ジンギスカンが真っ先にでてきました。

ジンギスカンはマトン(成羊肉)やラム(仔羊肉)の焼肉料理ですね。2004年に北海道遺産の一つに数えられています。2007年には農林水産省が全国の農山漁村の郷土料理100選に石狩鍋やちゃんちゃん焼きとともに北海道を代表する郷土料理とされています。

ジンギスカンは平板の鉄板ではなく、中央が凸状になった独特の鉄板で焼きます。ジンギスカンの起源としてはモンゴルのジンギスカンが食べたものと言われていますが、これは後から付け足したもので、源義経がモンゴルに渡ってジンギスカンとなったことに由来しているとされていますが、こちらもちょっと首をかしげてしまいますね。

いづれにしても、由来のつけ方が北海道らしく雄大だとは思いませんか。

実際には、軍隊、警察、鉄道員の制服を作るために羊を飼育し、羊毛を自給しようとしたことが発端のようです。羊毛だけでなく農家の収入増加のために羊肉料理を大正時代に現在の御茶ノ水大学に委託しています。

日本で一番最初にジンギスカン専門店が出来たのは、1936年(昭和11年)東京都杉並区の「成吉思(じんぎす)荘」と言われています。北海道での本格的な普及は第二次世界大戦後といわれています。

仮面を被ったミュージカル 「能」と「狂言」

日本の伝統文化として「能」や「狂言」がります。現在では家元があって芸術の域に達していますが、本来は奈良時代に始まった大道芸の猿楽なのです。

室町時代に観阿弥・世阿弥親子によって、舞台芸術としての「能」として完成させたのですね。踊りと歌で表現する「能」は仮面を被ったミュージカルといえるのではないでしょか。歌舞伎と並んで世界的に高い知名度があります。

能は「俳優(シテ)」を中心にしてワキ方と狂言方によって演じられ、音楽を担当するのが囃子方です。

能は通常の演劇のようなリハーサルは行わず、しかも1度きりの公演という独特の特徴を持っています。事前のリハーサルは1回だけで、これは能が即興芸術であるから、お互いを知り合うことはデメリットになると考えられているからです。

能は「幽玄」や「妙」を表現しているといわれますが、シテが演じるのは主に神や亡霊、天狗、鬼などの超自然的なものです。ワキはシテの思いを聞き出す役割を演じて、僧侶役であることが多いです。
狂言方は、能が前場と後場に分かれているために、シテが装束を変えたりします。その場をつなぐために能の物語にまつわる古伝承や来歴を語ります。

能で使われる能面は鬼神、老人、男、女、霊の5種類に大別されています。鬼面としては般若は有名です。役者の芸と能面作家の腕によって、一つの面から深く様々な表情を見せることができ、仮面劇としての能を今日までも支えている。
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