茨城県の郷土料理として有名な水戸納豆

日本の伝統文化 茨城県編です。茨城県といえば郷土料理として水戸納豆が有名ですが、納豆の歴史の上から考えますと全国各地で作られ食卓に乗せられていました。

平安時代には納豆という言葉が使われていたようで、江戸時代には京都や江戸では毎朝「納豆売り」が「なっとう〜、なっとう〜」といって売り歩いていたのです。

戦争中は軍用食として、戦後は栄養補給の意味からよく食べられて普及していったのです。

これでは水戸が特別に納豆の歴史があるということにはなりませんが、当然水戸でも納豆が作られていて、1083年に源義家が奥州に向かう途中で水戸で宿泊をしたときに馬の飼料である煮豆の残りから納豆ができたという伝承が残されています。

実は「水戸納豆」というのは茨城県の納豆を指すのではなく、納豆のブランド名なのです。茨城県水戸市の轄沼五郎商店が伝統的な納豆の家内工業から近代的な食品工業として製法を確立して、近代的なマーケティングを行い明治から昭和初期にかけて全国区のブランドにしたのです。。

轄沼五郎商店は1889年(明治22年)に「天狗納豆」のブランドで創業し、現在も納豆の製造販売を行っています。

水戸納豆よりも天狗納豆の方がもっと有名になってもよかったようにも思われますが、茨城県以外の人には水戸納豆の方が理解しやすかったのでしょうかね。

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