根拠が非常に不自然でおかしい建国記念の日

2月11日は建国記念の日です。文字通り日本が出来た日を記念する日ですが、あまり信じられていませんよね。

1966年(昭和41年)に制定されたわけですが、1872年(明治5年)に制定された紀元節が1948年(昭和23年)に廃止されたものが復活したのです。

紀元節は日本書記に書かれている神武天皇が即位した日とされていますが、日本書紀の記述そのものが事実であるか否かは別にして、日付については非常にあやふやな部分が数多くあって信憑性に欠ける部分もあります。

神武天皇は紀元前660年に即位したという日本書記の記述だけを考えたときに、大和朝廷が3世紀にできているというのが考古学上の通説ですから、神武天皇の即位時期についてはあまり信じられていません。

もっと学問的な検証が行われて、建国記念の日が国民に分かりやすいものにして欲しいですよね。

日本という国が出来た日を考えることは必要だと思いますし、重要ですよね。それだけに、事実とは違った方向性を示すのは間違っているのではないでしょうか。

当然、紀元節と建国記念の日とは同じ月日になっているが、主旨は違っているといわれるかもしれませんが、それでは国民は納得しませんよ。

今一度、建国記念の日を2月11日だけでも結構ですから、考えてみてください。ただし、日本人というのはあまり難しく考えないで受け入れることのできる民俗性があるかもしれませんね。

バレンタインデーには何個のチョコレートを貰いますか?

2月14日はバレンタインデーですよね。とても日本の伝統文化とはいえませんが、そのうちきっとクリスマスのように定着するのではないでしょうか。

バレンタインデーの歴史は非常に古く、269年にローマ帝国の迫害によって殉教した聖ウァレンティヌスに由来するものだと言われています。古いですよね。そもそも2月14日全ての女神の女王であり、家庭と結婚の神様である女神ユノの祝日だったのです。

2月14日には結婚適齢期の独身女性が自分の名前を書いた札を桶の中に入れます。翌日の2月15日に独身男性が桶の中から1枚の札を引き、その日はパートナーとして一緒に過ごすのが慣わしだったのです。

その後、札によってパートナーになった多くが多くは恋をして結婚したという逸話が残っているのです。

ローマ帝国では兵士が結婚をして、妻子を残して戦場に赴くと士気が下がるとして、兵士の結婚を禁止したのです。そんな中で聖ウァレンティヌスは秘密裏に兵士の結婚をさせたということで処刑されたのが、現在のバレンタインデーの起源です。

ところで女性が男性にチョコレートをプレゼントする習慣は19世紀後半にイギリスで始まっています。日本では1936年に神戸モロゾフが販売促進のために行われたという説などがあります。現在では定着していると言ってもいいでしょうね。

「鬼は外」は言わずに、「福は内」だけを言っていう成田山新勝寺

お父さんが鬼の役になることが多いのではないでしょうか。

2月3日は節分です。本来節分とはそれぞれの季節の始まりを意味するもので、立春、立夏、立秋そして立冬の前日のことを言います。

現代で節分といえば2月3日を指すようになっていますね。柊(ひいらぎ)の枝に鰯(いわし)の頭を指したものを玄関の外に飾っておくと鬼というのか悪霊が家の中に入ってこないと信じられていたのですね。

鬼というのか悪霊に豆をぶつけることによって、無病息災を願う風習です。豆まきは室町時代から行われていたことが書物に書き残されています。

最近は節分の日に恵方巻を食べる習慣が行われてきていますが、江戸時代末期から明治時代にかけて大阪の商売人が繁盛を願って始まったと伝えられています。当時の恵方巻は新香巻だったようです。

節分の行事として有名なのは千葉県成田市の成田山新勝寺ではないでしょうか。大相撲の力士や芸能人が毎年豆まきを行っています。成田山新勝寺では不動明王の前には鬼はいないということから「鬼は外」は言わずに、「福は内」だけを言っています。

小さな子供さんのいる家庭では、それほど多くの費用が必要でもなく、簡単に出来るものですよね。家族団らんや思い出作りの一環として、家庭の年中行事として毎年行って欲しいものですね。

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